スペシャルオリンピックス2018愛知 Vol.3

2018年9月22~24日、4年に1度行われるスペシャルオリンピックス日本(以下、SON)の夏季ナショナルゲーム(全国大会)が愛知県で行われた。第7回となる今大会は、アスリート約1000名、役員・コーチ600名以上、大会役員・審判約350名、ボランティアのべ約3800名など、のべ2万人が参加した。本大会は2019年にアラブ首長国連邦のアブダビで開催されるスペシャルオリンピックス夏季世界大会への日本選手団選考を兼ねて開催された。「超える歓び。」のスローガンの下、アスリートたちが日頃のトレーニングの成果をどのように発揮したか。その模様をリポートする。


緊張しても体がぶれないようにしたい

大会3日目最終日。この日も愛知県内は好天に恵まれた。陸上競技が行われたパロマ瑞穂スタジアムではフライングディスク競技も同時に行われた。フライングディスクは、手軽なレクリエーションとして親しまれているが、競技として広く普及していることは意外と知られていない。オリンピックを補完する競技会であるワールドゲームズの公式種目(アルティメットとディスクゴルフ)にもなっており、「将来のオリンピック種目」という呼び声も高い。

また、垣根の低さ、わかりやすさが、障害者スポーツとしても適していて、国体と併催される全国障害者スポーツ大会の公式種目でもある。スペシャルオリンピックスでも、全国障害者スポーツ大会同様、近距離から的となる輪を正確に通すアキュラシーと、飛距離を競うディスタンスの2種目が採用されている。

両種目で金メダルを獲得したというSON・秋田の佐々木宏行さんに話を聞くと、「緊張して、いつもよりはうまくできませんでした。今後は緊張しても体がぶれないようにしたいです」と、さらなる技能向上に貪欲だった。秋田では障害者スポーツとしてのフライングディスクが非常に盛んで、県内の大会では陸上競技と同じくらいの参加者があるという。

もっと競技人口を増やしたい

3名の選手が参加したSON・山口のフライングディスク畑中正吾ヘッドコーチにも話を聞いた。
「競技人口はたくさんいるのですが、今大会は全部で13人しか参加者がいなくて、その分チャンスがありました。SON・山口でも15人がプログラムに参加していますが、今大会は3人が参加。それぞれがアキュラシーとディスタンスで2個ずつメダルを獲得してくれたので、コーチとしてもとても満足しています。月に2回、小学校の体育館をお借りして、1時間30分ほどの練習をしています。指導というほどのことはしていません。楽しくやっていただけたらいいかと。もっと欲が出てきたら、その時はまた指導も必要になるかもしれませんが、まずは楽しく活動できればいいと思っています。私は障害者施設の職員をしていまして、2年前に山口県でSOが立ち上がったときに声をかけてもらったのがきっかけです。まだ日も浅く、15人という少ない人数ですが、これを2倍、3倍、4倍にできるよう、楽しく続けられたらいいなと思っています」

もともとサッカーをやっていたという畑中コーチ。名古屋グランパスの聖地・パロマ瑞穂スタジアムで「ピッチに立てたのが嬉しかったです」とサッカー少年のような笑顔だった。

SON・山口のフライングディスク&陸上競技のみなさん。

何があってもサポートできる自信がついた

観覧席で誇らしげに金メダルをかけていたアスリートに、「おめでとうございます」と声をかけると、弾けるような笑顔で「ありがとうございます!」と答えてくれたのが、SON・鹿児島の弓指研人さん。陸上5000m走で見事金メダルに輝いたという。

「じゃあ、アブダビに行くんですか?」とさらに聞くと、「いえ、申し込んでないです。なんか、アブダビって怖いし、遠いし……」とみるみる表情が曇る弓指さん。すると、隣にいた福園翔コーチがすかさずそっと弓指さんの肩に手を置いた。
副団長も務める福園コーチに、弓指さんにどのような指導をしているのか聞いてみた。
「研人君のすごいところは、コーチのアドバイスを頭のどこかで憶えていてくれて、ある日やってくれることです。今はもう5000m走ったら、コーチは誰も研人君についていけなくなりました」と笑顔を見せる。
「一緒に練習をして、こうして大会を何度も経験させてもらって、何があっても対応できるかなあ……って、自信がつきました。研人君も自分を知ってくれているし、自分も研人君を知っているし。そういう信頼関係ができた。だから、たとえどんなことがあってもサポートできるって思えるようになりました」
そんな福園コーチの自信が、弓指さんをさらに安心させて、いいパフォーマンスにつながっているのだろう。

兄ちゃんの活躍を家族みんなで応援したい

応援席でアスリートが家族と会話をしている光景に出くわした。陸上400m走に出場したSON・新潟の柴田一輝さんのご家族だ。基本的にアスリートは各地区組織のSON選手団の一員として行動しているが、招集前の少しの時間を見つけて会いに来たのだろう。取材のお願いをして、写真を撮らせてもらうと、アスリートは慌ただしくその場を後にした。

お父さま、お母さま、そして弟が2人、家族総出の応援だ。まず、柴田さんの取り組みについてお母さまに聞いた。
「今、17歳です。小学校3年からSOの活動に参加しました。支援学級に在籍していた中学の3年間は一般の方と一緒に部活(陸上部)をしていたのでお休みしていましたが、高校1年の学年からまたSOに参加しています。
中学時代、陸上は健康のために始めた感じでした。自分と他の人との力の差をすごく気にしていたのですが、SOに参加するようになってから、みなさんがそれぞれの目標に取り組んでいるので、考え方が変わりましたね。ひとの記録より自分の記録を気にするようになりました。
SOの活動は月に2回ですが、ちょうど家の前が坂道なので坂道ダッシュをしたり、町内をランニングしたり、自分で毎日続けています。昨日の予選で、自己ベストに近い55秒台を今シーズン初めて記録したので、この雰囲気の中でそれを超えられたらって、今話していたところです」。

お父さまには、柴田さんの成長について聞いてみた。
「今回、こうして泊りがけで出かける準備をしたり、同室の人と関わり合ったりすることで、いろいろと成長する機会があるだろうと思っています。昨夜もスマホでゲームをしすぎちゃったなんて言ってくる甘いところもあるのですが、それでも自分で気づいて、考えて、制限できるようになったりして、いい経験をしているように感じます。明日は学校なので、弟たちは留守番にしようかとも思ったのですが、兄ちゃんを一緒に応援したいというので、新潟からみんなで来ました」
競技のパフォーマンスだけでなく、人との関わり合いの中で成長を見せる「兄ちゃん」を応援しているご家族の思いが伝わってきた。

その後行われた400mで金メダルを獲得したSON・新潟の柴田一輝さん。

元気いっぱいベテランアスリート

走り幅跳びで、大きな声で気合を入れて大ジャンプを見せたSON・茨城の小林晶範さん。表彰式で名前を呼ばれると、やはり大きな声で返事をし、誇らしげに金メダルをもらっていた。

選手が控えるスタンド席に戻っても元気いっぱい、喜びいっぱいだ。勝利のインタビューをしてみた。
「今、32歳です。SOを始めたのは20歳のときです。今回は、走り幅跳びと4×400mリレーに出場しています。陸上は高校生になってから始めました。先生方にいろいろ教えてもらいました。自分のペースでそのまま走ることとか、幅跳びのコツとか。だんだん向上して、今日は4年前の記録を超えました。ずっとやっているので、他県の方からも『小林さん』て声をかけてもらうようになりました」
大きな声で元気いっぱい。華のあるベテランアスリート、茨城の小林さんは有名人らしい。陸上は楽しいかと聞くと、「楽しいというより、精神的に強くなったので、1位になりたいという気持ちです」と衰えぬ闘争心を見せた。今後の目標を問うと、「あきらめずに最後までやることでしょう!」と元気いっぱいに締めくくってくれた。

教わることが多いからSOはやめられない

トラックをひときわ楽しそうに走っている選手がいた。女子800m走に出場したSON・広島の永井陽菜さんだ。レース後に感想を聞くと、「疲れた……すごく緊張しました」と答えてくれた。宮本恵理ヘッドコーチによると、前日の予選よりタイムが少し落ちてしまったという。予選ではラスト1周の鐘の音で止まってしまったため、今日は止まらないようにと念を押したのが「プレッシャーをかけすぎてしまったかも」とのことだった。

三次市で永井さんを指導している宮本和夫コーチに、ふだんどのような練習をしているか聞いた。
「とくに長距離とか800mの練習はしてないんです。基礎体力がつくような、遊び運動のなかで、走ってもイヤじゃない、楽しく走っていられるようにするのを基本にしています。(永井さんは)のんびりした子なので、100m走っても、800m走っても、何キロ走っても、スピードが変わらないんです。これは一つの才能ですよね。だったら800mに挑戦しようとなりました。走るのが楽しいようで、昨日も今日もこっちを見ながら手を振るようなところがあるので、きっと将来はもっと長い距離を走れそうですね」と言って楽しそうに笑った。
宮本和夫コーチにSOに関わるきっかけを聞いた。
「僕は日本陸連の指導資格を持っていて、いろんなところで小学生から高校生くらいまでの陸上を教えていました。そんな中で、SOで教えにきてもらえませんかという声をかけてもらったのがきっかけです」
尾道市でコーチをしている宮本恵理ヘッドコーチに同じ質問をした。
「私はファミリーです。息子が知的障害者で、スポーツと出会ってとても変わったのがきっかけです。それから、活躍のチャンスを作りたいという思いから、指導資格をとったり、プログラムの運営、事務方をやったりしてきました」
今大会の取材では、たくさんのコーチに話を聞いたが、SOと関わるきっかけはみなそれぞれに違う。しかし、サポートしたいという熱い思いは全員に共通している。
その理由は、陸上のコーチとして経験豊かな宮本和夫コーチの次の言葉に集約されているように思う。
「すごく、いろんなことを教えてもらいました。たとえば、100mの練習とか、スタートの練習とか、普通の練習をするだけでは、みんな走ることが嫌いになってしまうんです。そこで、どうやったら楽しく走ってくれるかと試行錯誤しながら、僕のほうが教わっている。指導者として学ぶことがとても多い。だから、やめられないです(笑)」

左から宮本和夫コーチ、永井陽菜さん、SON・広島の立ち上げから関わっている神原隆団長、宮本恵理ヘッドコーチ。

冷めやらぬ感動を思い出に

午後4時。各会場で決勝種目と表彰式を終えた選手団は、閉会式が行われる名古屋国際会議場センチュリーホールに結集した。
閉会式は、有森裕子大会会長の言葉で始まった。有森会長はアスリートと、大会を支えたすべての関係者に感謝とねぎらいの言葉を述べたあと、「ぜひみなさんも、この大会を通して感じたこと、得たこと、気づいたことを、愛知県のみならず全国の多くの人に伝えていただいて、スペシャルオリンピックスのアスリート、そしてこの活動をご支援いただけたらと思っております」と呼びかけた。

「みなさん、よく頑張りました。おつかれさまでした」と優しいお言葉をかけられた高円宮妃久子殿下。
インクルーシブな(包み込むような)社会を作っていきたい、期待したいと語る林文科相。
大村知事は、「楽しかったですか?」とコンサート風に問いかけた。

来賓の挨拶に続いて、アスリートを代表して、SON・愛知のボウリングに出場した松田雄大郎さんが登壇して、すべての関係者への感謝の気持ちを言葉にした。
また、「いつもの練習の成果を発揮して、最後まであきらめない気持ちで頑張りました。全国のアスリートのみなさんと競い合うことができて、とても楽しかったです」と率直な感想を述べるとともに、今後について「大会が終わっても、僕たちアスリートは次に向かって練習を続けていきます。これからも僕たちアスリートへのご支援、応援を続けてください。よろしくお願いいたします」と語った。

たくさんの感謝の言葉を述べた松田さん。
スペシャルオリンピックス旗が次回冬季ナショナルゲーム開催地の北海道に引き継がれた。
なごやかに閉会宣言をする鈴木盈宏大会実行委員長。

これにて閉会式の第1部、セレモニーは終了。ここからは第2部のアトラクションに突入した。
まず、開会式に続き、TERUが登場。「YOUR SONG」に乗せて、大会中に各会場で撮影された「名場面スライド」がスクリーンに投影された。

TERU「頑張っているみなさんを見て、みんなのことが大好きになりました!これからもみなさんを応援します」

続いて、ドリームサポーターの森理世さんと安藤美姫さんが登壇して、アスリートやすべての参加者をねぎらった。

森さん「私も大好きなみなさんとすべてのスタッフのみなさま、そして素晴らしいドリームサポーターの仲間たちに出会えて、とても幸せです!」
安藤さん「次はウィンターなので、より一層のパワーを北海道に送ります!」
舞台の最後は、あいち戦国姫隊&武将隊がご当地らしいステージを披露。

これで愛知大会はすべての予定が無事終了。選手団は名残を惜しみつつ、それぞれの帰路についた。

愛知で大きな流れをつくることができた

閉会式が終わり、一息つく間もなく有森大会会長は囲み取材に応じた。

─ 今回の取材で、「競技」そのものではなく、「基礎的な技能」に取り組んでいる人たちにも出会えた。その活動への所感は?

「SOは、なにが一番とかはないんですね。その参加した人たちが、その機会を通して、やりたいこと、なりたい姿を描く。それに対して私たちが全力で機会を提供する。それが初歩的な技能でも、パフォーマンスにつながらないものでも、優れた技能でも、どれも同じように大切なことです。ですから、地道なことですが、そのアスリートにとっては、本当にかけがえのない明日へのステップ。とても大切なことだと思います。SOは、勝ちたい人は勝利を目指します。がんばりたい人はがんばります。楽しみたい人は目一杯楽しみます。そういった意味で、すべてが大切なプログラムです」

─ 多くの人の協力で成り立っている。スペシャルオリンピックスの役割とは?

「スポーツは、アスリートだけでは何もできません。スポーツができるのは、スポーツをする人の周りにちゃんとした社会があるからです。ちゃんとした社会がなければ、スポーツをやる意味がないし、できません。サポートする人、サポートする社会があってこそのスポーツ。社会の誰もが大切で、社会の誰もが主役です。誰かだけが報われるということではない。スポーツを通じて、育むものがいっぱいあるということを知っていただきたいし、お伝えしたいです。スペシャルオリンピックスにはその力があります」

─ 愛知大会の意義についてどう考えるか?

「たくさんの方に支えられて、成功のうちに無事終わることができました。今大会では、ドリームサポーターのみなさんに応援してもらったり、TERUさんに応援ソングを披露してもらったりと、スポーツ界にとどまらない大きな流れをつくることができました。この愛知で可能性が拡がったと感じています。ただ、もっともっと多くの人に知ってほしいし、見てほしいというのが正直なところでもあります。具体的に何ができるかを考えることが、これからの私たちの課題です」


取材・文=ライター菅野