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アスリートストーリー

わたしの夢

「わたしの夢」

2011年10月1日、2日に開催しましたスペシャルオリンピックス日本ナショナルミーティングの分科会の中で、アスリートによるスピーチコンテストを開きました。
テーマは「わたしの夢とスペシャルオリンピックス」。20名のアスリートがそれぞれの夢を発表しました。
アスリートストーリー「わたしの夢」ではコンテストの結果、上位5位までのアスリートのスピーチをご紹介します。今回は2位~5位に輝いたアスリートのスピーチをご紹介します。


角谷 瞬さん(SON・奈良)

わたしの夢はスペシャルオリンピックスバスケットボールの世界大会に出場して世界中のアスリート達と試合をすることです。なぜかというと、私は海外に出たことが一度もないし、チームの実力が海外でどのぐらい通用するのか見たいからです。

私は今まで、知らないところへ行って、知らない人達とコミュニケーショを取るのはとても苦手でした。でも、バスケットを通じてなら世界に行って、知らない人とコミュニケーションをとることが出来るのではないかと思うようになりました。
今まで私は夢に向かって努力をするということをしませんでした。しかし、スペシャルオリンピックスに出会ったきっかけで自分を変えることが出来たと思っております。
私は同時に二つのことをするのがとても苦手です。でもバスケットでは、試合中に相手チームの様子を見ながら味方にパスを回したり、場合によっては自分でシュートしたり、色々な判断をしなければならないことがあります。毎週木曜日には奈良のなかまたちと一緒に練習を一生懸命しています。練習を続けることによって、苦手なことが少しずつ出来るようになりました。はじめの頃は苦手なことが多すぎて解らなくなってしまうことがあったり、嫌になることもあったり、バスケットボールをやめたいと思うこともありました。それでも少しずつ上手になってきて、上手にパスが回せたり、シュートが決まったりするようになってきて、チームと私の夢のために頑張っていきたいと考える様になりました。
世界大会に参加して、世界のアスリート達と試合が出来る様に、『夢に向かって挑戦していきたい!』と思っています。


鯉沼 和寛さん(SON・兵庫)

高等部二年時にお母さんの知人からスペシャルオリンピックスの話を聞き、活動を始めて9年になります。
高等部卒業後、友愛食品能力開発センターで一年訓練をしてコープベーカリーに就職しました。面接時に『スペシャルオリンピックスの活動をしたいから土日は休みにして下さい!』とお話しました。
長野冬季世界大会があリフィギアスケートで選手団代表になれた時、とても嬉しかったです。
会社の人たち、兵庫の関係者が応援に来てくれた事、これもお母さんが協力して僕の会社に足を運んでスペシャルオリンピックスの説明とか資料を持って行って理解して頂き、世界大会にはパンを差し入れをしてもらい感謝しています。
アイダホにも選手団として参加でき、大阪大会、アテネではお母さんとボランティアで応援に行き、色々な人と出会う事が出来ました。
これからも人との出会いを大切にしていきたいです。
僕の夢は人との出会いを大切に末長く続けて行きたいです。
職場の人、お母さんには感謝しています。


山野 紗弥さん(SON・熊本)

スペシャルオリンピックスに入った時にコーチから全国大会や、世界大会の話を聞き私も「行けたらいいなぁ。」と思い練習を頑張ってきました。全国大会で念願の金メダルを獲得しました。私の気持ちは喜びと興奮でいっぱいになり、世界大会の切符が貰えた感覚は今でも覚えています。

スペシャルオリンピックスとの出会いは、ヨサコイ祭りに参加したことがきっかけとなりその時、初めてアスリートと知り合うことができました。踊りはアップテンポな曲だったので、振り付けを合わせるのがとても難しくて大変でしたが、みんなは弱音を吐かず一生懸命踊りを覚えて練習を頑張り、観客の前で楽しく踊りを披露する事が出来ました。自分もスペシャルオリンピックスに入りたい気持ちになり、4年前に入会しました。バドミントンの経験を活かしてスペシャルオリンピックスではバドミントンを頑張っています。
スペシャルオリンピックスに入った時にコーチから全国大会や、世界大会の話を聞き私も「行けたらいいなぁ。」と思い練習を頑張ってきました。全国大会で念願の金メダルを獲得しました。私の気持ちは喜びと興奮でいっぱいになり、世界大会の切符が貰えた感覚は今でも覚えています。世界大会ではいろんな人との出会いがあり、コミュニケーションが苦手な私でも、すんなりと打ち解けたのでとても良かったです。話しもできて自分の知らない世界が大きく広がったような気がしました。こんな気持ちにさせてくれたのは、スペシャルオリンピックスと多くの方の支えがあり、応援して頂いているおかげだと思います。私の夢はまた、4年後の世界大会に出てメダルを取る事と、スペシャルオリンピックスの事務局で働くことです。そして、スペシャルオリンピックスの輪をもっと広げていくのが私の夢です。


橘 勇佑さん(SON・京都)

昨年まではただのボール蹴りだったのが今年からはシュート練習、基礎練習、練習試合をしています。なぜ急に練習メニューが変わったのかというと、昨年行われたナショナルゲームでの敗戦で、一部のアスリートから「負けて悔しい、勝ちたい!」という気持ちが出てきたからです。

スペシャルオリンピックス日本・京都に入った訳は、サッカーがやりたくって支援先の先生に探してもらい、SONに辿り着きました。 それから…4年経ち、3年間はずっとサッカーをやり、今年はサッカー、バスケットボールをやりましたが、バスケットボールは仕事があり、時間が合わなくなり辞めました。そこからサッカー1本にしました。
今現在のサッカーの状況ですが、昨年9名位だったメンバー数が今年は6名増えて15名位になりました。練習内容も変わり、昨年まではただのボール蹴りだったのが今年からはシュート練習、基礎練習、練習試合をしています。
なぜ急に練習メニューが変わったのかというと、昨年行われたナショナルゲームでの敗戦で、一部のアスリートから「負けて悔しい、勝ちたい!」という気持ちが出て練習メニューが変わりました。
練習試合を行ったりしていますが3戦全敗です。負ける原因はコミュニケーションが取れてないからです。これから修整していきたいと思います。
SON・京都のチームには色々な障害を持っているアスリートがいます。目がちょっと見にくい人、サッカーのルールが解ってない人、また解っているアスリートがいます。そのチームのキャプテンをしているので、どのようにコミュニケーションを取り、指示をすればいいのか分からなくなりました。改めてチームをまとめる難しさを感じました。もっと自分自身を含む、チーム全体で前向きに取り組んでいきたいです。
僕は思うのですが、SON・京都のサッカーチームはもっとコミュニケーションを図り、しっかり練習したら今よりもっと強くなると感じています。時間はかかると思いますが地道にやっていきます。
またユニティカップの時はSO日本はじめ、各地区にあるSO組織のサポートがあったからこそ成功で終わることが出来、怪我なく帰国できました。1年経った今も感謝でいっぱいです。ありがとうございました。この体験を生かしSON・京都で頑張って行きます。


今回スピーチコンテストに参加したアスリート(名前50音順)

  氏名 地区組織
1 薄井 えりか SON・栃木
2 大友 絵美 SON・宮城
3 織田 弘美 SON・広島
4 角谷 瞬 SON・奈良
5 鯉沼 和寛 SON・兵庫
6 武田 伸也 SON・大分
7 橘 勇佑 SON・京都
8 谷口 公彦 SON・大阪
9 谷口 勇樹 SON・兵庫
10 中村 零来 SON・長崎
11 平方 美和 SON・埼玉
12 廣岡 竜 SON・埼玉
13 福冨 修 SON・山口
14 松田 尚之 SON・秋田
15 松本 雄介 SON・神奈川
16 三谷 僚子 SON・高知
17 三田村 和 SON・埼玉
18 柳田 龍大 SON・広島
19 山野 紗弥 SON・熊本
20 米田 達哉 SON・徳島

※コンテストは以下の3点をポイントに審査されました。
声 :声がはっきりしている。大きくて会場にいる全員に聞こえる
姿勢: 姿勢と表情がよい
夢: 何がその人の夢なのかがはっきりと分かる

ナショナルミーティングの様子はこちらからご覧ください!

~1日目~2011年スペシャルオリンピックス日本ナショナルミーティング
~2日目~2011年スペシャルオリンピックス日本ナショナルミーティング

【大会に関するお問い合わせ先】

スペシャルオリンピックス日本事務局 大会担当
Tel:03-6809-2034/Fax:03-3436-3666
Mail:son_cc@son.or.jp

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