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インタビュー

【第4回・前編】スペシャルオリンピックス日本会長 三井嬉子「SONに関わるキッカケと熱い思い」

第4回は今年3月2日、「日本障がい者スポーツ協会特別功労賞」を受賞したスペシャルオリンピックス日本の三井嬉子会長にインタビュー。草創期からの歩みを、たっぷり語ってもらった。


スペシャルオリンピックス日本:インタビュー 会長 三井嬉子
三井嬉子(みつい・よしこ) / スペシャルオリンピックス日本 会長
スペシャルオリンピックス日本設立以来、すべてのスペシャルオリンピックス世界大会、ナショナルゲームに参加。現在に至るまで、様々な形で活動の中心となり、発展の一躍を担っている。 また以上と並行し、スペシャルオリンピックス日本・東京の副理事長に就任していたことから、地区組織の運営や日常スポーツプログラムの実状についても精通している。

─ まずは特別功労賞の受賞、おめでとうございます。

三井ありがとうございます。でも、この賞はいつも裏方で働いてくれている事務局のスタッフやボランティア、また全国の地区組織のコーチやボランティアの方々の代表として頂いた賞と考えています。彼らが現場でずっとこの活動を支え続けているからこそ、スペシャルオリンピックス日本(以下、SO日本)という組織が存在している訳ですから。たまたま私がお役目でいただきましたけれども、大勢の人達の力に支えられていただいた賞だと、日頃からスペシャルオリンピックス(以下 SO)の活動を支えて下さっている全ての方達に感謝の気持ちでいっぱいです。

─ このインタビューでそのお気持ちが皆さんに伝わると思います。ではまず、三井会長がSO日本と関わったキッカケからうかがってよろしいでしょうか。

三井私はミッションスクールに通っていたこともあって、高校、大学を通してボランティア活動は日常的な身近なものでした。大学卒業後は神戸市立外国語大学のスペイン語科に再入学しましたが、学業途中で、結婚し、翌年には長女が産まれ、3年後に長男、年子で次女と3人の子どもに恵まれて、子育て、その間には義母を看取り、自分だけの時間をなかなか持てず、継続的に外で何か活動をすることはありませんでした。末の娘が成人式を迎える頃になって、ここまで家族揃って無事に来られたご恩返しの意味でも世の中のために、何かしなければと強く思うようになりました。

─ お年が近い3人の子育ても大変だったでしょうね。

三井大変と言えば大変でしたが、夢中で一生懸命でしたから楽しく、幸せな時間もたくさんございました。子育てを第一に家族を大事にしてきた時間というのは、私にとってはそれなりに充実した時間であって、いま振り返ってみても、かけがえのない貴重な日々だったと思っています。ただ私には残念ながら、スポーツが得意といった、特別な特技はなかったのです。今の私に何ができるのだろう、と考えていろいろと探している中で、SOと出会いました。丁度SO日本を立ち上げる準備段階で、「ここなら子育てしかして来なかった私にでも、その間に身につけた経験や知恵を活かして何かが出来る」のだろうと思いました。

─ 子育ての経験が活きる現場だったのですね。

三井はい。子育ての基本は愛情と忍耐というか、待つ事であり、それぞれの子どもに寄り添うことですから。SOの活動にはあらゆる分野の方々のサポートが必要です。スポーツのコーチ、事務局の運営、弁護士、税理士、会社の経営者、ご寄付を集めて下さる方、施設を提供して下さる方、広報に力を下さるメディア関係の方などなど、その中には、育児の経験を生かして、主婦の感覚でできる気配り・目配りも大事な仕事の一つとして、時には役に立つかと思えました。SOの素晴らしいところは、アスリートもボランティアもありのままで、自分に出来る何かを出し合って、支え合い、助け合いながらお互いに成長していける事だと思います。

─ SOの活動に携わってから、三井さんの考え方や価値観はどう変化されましたか?

三井大きかったのは、知的障害のある人たちの事を、それまで全くといってもよい程、理解していなかったことに気が付いたことです。色々な障害があって、本人はもとより、ご家族も大変だろうなと、自分とは関わりのない世界で生きている人達を見るような感覚だった事に、ある意味ショックを受けました。彼らがこの世に生まれて来た事には大きな意味があるに違いない。彼らをもっと良く知りたいと強く思いましたね。自分では一生懸命生きてきたつもりだったけれど、実は表面的な狭い世界の事しか見ていなかった事に気付くというのは、ある意味、人生観まで変わるほどの強烈な経験でした。

スペシャルオリンピックス日本:インタビュー 会長 三井嬉子

─ 1993年の立ち上げから24年。ここまで続けられたモチベーションというのは、どこにあるのでしょうか。

三井アスリートの成長を実感できることですね。もちろん個人差はありますが、最初に練習に来た時には何も出来ず落ち着きのないアスリートも数年も経つと競技能力も向上し、最後まで堂々と、自信に満ちた表情になります。そして決して途中で投げ出さないで最後まで頑張る辛抱強い彼等を見ていると、教えられる事も多く、心底感動してしまいます。

─ それは、すごい成長ぶりですね。

三井もう一つは、全国47都道府県のあちこちの地域で頑張ってくれているコーチや地区の運営を担ってくれているボランティアの存在です。こうした活動を続けることは、どんなに強く熱い情熱を持っている人でも、一人か二人だけの想いで続けられる事ではないんですね。きついなと思う時もあるでしょうに、彼らがモチベーション高く頑張っているのをみると、SOの活動を続けて来て本当に良かったという気持ちになります。ボランティアには若い人たちも大勢いますが、彼らからスペシャルオリンピックスへの熱い想いを聞くと、日本は色々な問題や課題をかかえていても、この国もまだまだ捨てたものじゃないなと思えるのです。これからの日本を支えていく若者の意識の高さ、新しいアイデアや取り組み等を聞くと将来に明るい未来を見る思いで、ワクワクして、気持ちも高揚します。

─ ボランティアの皆さんの頑張りも、会長にとってはモチベーションの一つになっているわけですね。

三井三つ目は、今まで全くご縁のなかった企業や団体・行政の多くの方たちとお会いする機会があることでしょうか。そうした方達からはボランティア団体であるスペシャルオリンピックスという組織を運営する上で、欠かせない大切な事を学ばせていただきました。おかげで、障害者のためのスポーツ団体として何よりも安全確保を第一とし、誰にでも、いつでも説明の出来るための透明性のある会計を保持し、決して赤字を出さずに健全な会計処理が出来ている事、そしてこの活動を拡げて発展させていくためには、しっかりしたミッションとビジョンを掲げ、目的達成のための経営戦略を持って運営することの大切さを学ばせていただきました。この活動に関わらせていただいたお陰で、私もいろいろな意味で成長させていただいているという事もモチベーションのひとつとなっています。


インタビュア:小川朗(スポーツジャーナリスト)

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